みずうみへ

旅は、ひとりがいいに決まってると長いことそう思っていたけど。家族ができると家族で移動するし、旅というより移動だけど、ひとりじゃない旅をするようになる。11歳になった息子との旅が、意外に楽しかったし、そのあとも楽しかったので、人と旅することもいいなと思えるようにはなった。

十和田湖、遠すぎてひとりで行ける気がしなかったので、誘ったら、河津さん、青森まで来てくれた。おかげで楽しい旅行だった。もう、いろんな意味で。
さて、十和田湖がどこにあるかも、奥入瀬がどんなところかも、ほとんど知らないまま、早朝、バスの切符買って乗った。奥入瀬そんなに長い距離を歩くもんとは思わなかった。荷物が。靴が。しっかし、きれいだった。体のなかがまるごと渓流に変わってゆく感じ、ただただ気持ちよかった。

 

半分歩いて、あとはバスに乗った。残り半分は、いつかまた歩きにゆこう。

十和田湖に着いて、宿を探す。最安値を予約した私の責任ですけど、いつも最安値を探すんですけど、ここは凄かった。まず、建物に人がいない。

──ようこそ、限界ホステルへ。

という感じのオーナーの挨拶文によると、高齢高血圧糖尿病でコロナリスク高いので出勤しないという。紙に、日本語と英語でいろいろと指示が書いてあって、代金ここに入れての貯金箱があり、領収書自分で書いての用紙と印鑑があり。

お風呂は近くの立派なホテルの入浴券がおいてあり、料金入れての貯金箱あり。冷蔵庫の飲み物は200円、ごはんや麺は賞味期限切れなので安くて100円、貯金箱あり。
シーツとカバーは自分でかけてね、朝ははがして、ボックスにいれてね、ガムテープおいとくから、カメムシでたらこれでとってね、等々、
なんか注文の多いホステルの、床は、踏むと沈む。廊下の壁紙はがれてる。
建物、古すぎる。庭は草ぼうぼう。昭和時代のビジネスホテルというか、合宿所というか、がそのまんまな感じ(田舎には、ままあるが)。だだっ広すぎるのに、私たち以外、誰もいない(あとで、バイクツーリングのお兄さんひとり宿泊した模様)。部屋の天井のシミがすごくて、天井も剥がれかかってる。蛍光灯のカバーもない。

ひとりなら、こわさみじめさ、かもしれないけど、友だちいてくれるので、泣くほど笑った。オーナーのおじいさん、紙に書いた文章ひとつで、商売つづけようという心意気は、なんか、せっぱつまっていていいんじゃない? などと。

けど、真夜中に、寝ていたのを、天井裏を走っていったネズミの音で起こされたときには、鍵付き貯金箱につつこんだ代金、返してほしくなった。学生時代の下宿に、ネズミ出たことを思い出した。夜眠れなくて発狂しそうだったこととか。

しょうがないので、笑った。笑った笑った。楽しい思い出だわよ、ほんと。

朝ごはんは無料。冷蔵庫のパンと牛乳、自由にどうぞって。いい子なので、賞味期限の古いほうから取っていきまして。2日ほど期限過ぎてましたけど。

近くのホテルの温泉が気持ちよくて、そのホテルのなかのお店で食べた牛丼がおいしかったので(ほかにごはん食べるところが見つからなくて、どうしようと思ったけど)救われた気持ちでした。

ひとりで来なくてよかったわ。

満月だった、月のきれいなこの夜、私の息子は、友人たちと箱根のホテルに泊まって、一泊二食のその豪華さにふるえていたらしい。宿泊料金は母の10倍ですね。なんなん。
ひとりのときはネットカフェ転々してたらしいけど。

 

十和田湖畔。湖はしずかで銀いろのさざなみ、きれいだった。あたりは閑散としていた。人がほとんどいない。道路のアスファルトから草が生えている。

あたりの大きな建物が、ホテルもレストランも、のきなみ廃屋。東北の震災のあと、観光客が激減した、コロナでまた激減した、大きなホテルやレストランほどやっていけなくなったのらしい。重機がはいっているのは取り壊しのため。借地の権利がなくなった場所から、取り壊しているらしい。にしても、廃墟感はんぱない。

旧、休屋旅館をさがした。旅館は200×年にオーナーが変わって十和田湖ホテルに。新しいオーナーは東京の人で、新幹線で行ったり来たりしていたが、新幹線のなかで急死したらしい。2012年廃業。

 

かっては天皇家も泊まったというホテル、300人泊まれるというホテルは、荒れて、虎杖が茂っていた。

むかし休屋旅館には、ねぶたが飾られていた。ホテルのなかで、ねぶた祭をやった。従業員が笛も吹いたし太鼓も叩いた。テレビ局が取材に来た。A級ホテルだったのよ、と近所のお土産屋さんのおばさんが言った。おばさんも、呼ばれて跳ねっこをした。修学旅行で泊まった女の子たちも踊ったのかな。フロント係の蝦名さん、笛吹いていたらしい。

夢の跡。

十和田神社あたり、森の小径は素敵だった。この深いなつかしさはなんだろう。
あのこぶしの花びらも、このあたりから届いたのだろう。
なんか、気がすんだ。帰りのバスは八戸行。八戸駅でいかめしとせんべい汁食べたのがおいしかった。青い森鉄道のモーリーくん見つけて買った。欲しかったの。

 

十和田湖、遊覧船が止まっていた、そういえば。乗ればよかったな。あたりがあんまり廃墟なので、運航している感じがしない、静かすぎて、生きた人が乗っていい船の感じがしなかったんだ。

  桟橋は廃墟となりて数本の杭がかたむきぼくを待っている (蝦名泰洋)

 

こんなの、見つけた。廃屋の撤去予定図。


気がすんだ、と思ったのに、廃墟オタクでもなかったはずなのに、また行きたい、と思ってる。廃屋たちが取り壊されると思うと、心がざわざわする。壊される前にまた行きたい。がらんとした光景のあの廃墟をさまよいたい。
乗り損ねた遊覧船にも、乗りたい。