メモ。『オリジンから考える』(鶴見俊輔 小田実)から ②

Ⅱ オリジンから考える(小田実

チャーチルのことで、もうひとつ、私が思い出すのは、彼が回想録の中に書いていたことですが、「一国の国民全部が正気を失って、狂気に陥るときがある。それは第二次世界大戦の日本人だ」というのがあったと思います。まさにそうですね。
 このあいだまでのアメリカ人がそうでしょう。ブッシュの政策、強引な世界制覇を試みる政策──この政策を試みた人が、かつて一人いました。おわかりでしょうか。アドルフ・ヒトラーです。ヒトラーは、世界の再編を目指して失敗した。ブッシュもヒトラーと同じことをやろうとしたんです。」

「デモクラシーのことを、ベトナム反戦運動が盛んなころに、アメリカではよく「ピープルズ・パワー」といいましたが、まさに正訳です。人民の力というのが、いちばんふさわしい訳です。これを実現するために選挙もある、デモ行進もある、市民集会もある。その一環として選挙があるにすぎないのに、日本では、デモクラシー=選挙です。日本にあるのは選挙主義でしょう。すぐに選挙だ、選挙だ、一票だ、一票だという。
 私はそういうことではないと思う。古代アテナイでは、選挙はほとんどやっていません。選挙をやり出したのはローマです。そしてそのローマから独裁が始まったのです。」
 
「わけのわかることをちゃんとしゃべる──これが大事なことで、そこからロゴスという言葉が出てくるのです。哲学用語ではありません。もとは「しゃべる」ということなのです。わけのわかることをしゃべる、それが理性なのです。」

ギリシャ民主主義の根本は説得です。説得するためには技術が要るでしょう。それがレトリケー(レトリック)なのです。」

「しやべることによって成立する。そこで民主主義の選挙と関係するのです。ローマには民主主義はありませんからね。ただ選挙をしていただけ。日本と同じです。」

「デモス(民衆、小さな人間)というものの運命が如実に描かれているという意味で、古代のギリシア文学は面白いですね。」

イーリアスについて)
「私は、それを読んでショックを受けたね。私はデモスやないですか。何の関係もないのに殺されるわけや。うかうか戦争にくっついていって、殺される側にまわるわけや。しかし、アガメムノンは無傷でしょう。日本の天皇と同じで、無傷ですよ。」「大きな人間は、殺さないんだもの。小さな人間は皆、殺される。」

「むくつけき男が、「こんな王様インチキや!」ということを、平気で言うんだ。(略)オデュッセウスが出てきて、これは、ワーッとはやしたてるやつね。で、そいつを鞭で打つのよ。そうすると、ほんとうはそっちと同じデモスの側に立つやつが、拍手喝采して、この醜いやつを笑う。悲しいことでしょう? 要するに、「反戦や!」というと、「おまえアホか!」というのがよけいに出てくるやろ? 現代社会とまったく同じよ。」

「小さな人間の発言を、いちおう許すわけ。しかし、それを今度は打ちのめすわけだ。打ちのめして全員がそいつを笑う。それを冷然と書いていますよ。」

アテナイとスパルタの戦争のとき、スパルタへ逃げていったアルキビアデスは、アテナイが負けたあともどってくる。)
「「おまえ、なんで逃げて行ったんや」と言われて、「自分が国家を愛するように、国家は自分を愛さないかん」と答えている。国家と俺は平等なんやと。国家が俺を死罪にしようとするんなら、そんな国家は捨てていいんだというわけです。」

「市民と対等でない国家みたいなもんは、どうだっていい。その、自由な精神が大事なんです。」

「「国家は国家の私利私欲じゃないか。俺は俺の私利私欲」で、闘うのよ。それがないと、小さな人間は駄目ですよ。すぐに国家にやられてしまう。」

「鳥瞰図の運動というのは、全部、駄目なんです。下へ降りよう、下へ降りようと、上から下の情勢を見ているから自由がない。いつか降りないといけない。虫ははじめから(地に)いるわけで、虫の視点のほうがはるかに自由なのです。それで、小さな人々の視点がいちばん大事です。」

「違った価値をもつ人が、いかに一緒に生きるか。これは、小さな人々のなかで大事だと思います。これを調整して、うまくやっていくのが民主主義なのです。」

「はっきりして来ていることは、「大きな人間」がもはや頼りにならないことです。」「この事態に「小さな人間」はどう対するのか。それが今まさに「小さな人間」にぶつかって来ているように思います。」

「自分で決めたことは自分でやる。人にやれと言うのではなく自分がやる。自主的に自分が動くことが市民運動の一番基本の原理だと思うんです。」

「私は、人間の精神の中で、大事なものに認識と思考があると思うんです。認識とはものを見さだめることです。思考とは考えることです。認識すること、つまり事柄をできるだけ正確に、こう言うと誤解を招くかもしれませんが、科学的に、的確に見さだめる。はじめから主観を入れないで客観的に物事を見さだめる。認識が正確でないと物事が動かない。
 しかし、認識だけでは駄目です。認識の上に組み立てるのが思考です。これは自由でないといけない。」

「「小さな人間」には戦争を起こす力はありませんけれども、戦争をやめさせる力は持っています。」「いくら「大きな人間」がやっきになって戦争をしろと叫んでも、「小さな人間」が動かないと結局戦争はできない。このことは忘れてはいけないと思います。」

「「小さな人間」が持つ力、それを実現するのがデモクラシーだということが民主主義の一番根本の原理です。」

ソクラテスの裁判がどうして起こったかというと、ソクラテスの言うことを聞いていると民主主義が破壊されるからです。」「(最初の裁判で無罪に投票した人が、二度目の裁判で死刑に投票した)無罪に投票した人で心変わりした人が八十人いたということです。つまり、投票するに際して深く考えないで、あっちに行ったりこっちに行ったりして、感情にまかせて動いたということが言えると思うのですね。軽挙妄動してあっという間に意見を変えることがいいのか。これはデモクラシーの一つの大きな問題だと思います。」

「「大きな人間」が、個人の問題としても、制度の問題としても、必ずしもいいものをつくりだすとは限らない。めちゃくちゃをするということが必ず起こってくる。それに対して「小さな人間」が、デモス・クラトス、自分たちの小さな力を信じて、反対する、抗議する、あるいはやり直しさせる、是正する、あるいは変更する、変革する、それが「小さな人間」のやることです。」

「世の中は、絶えず世直しをしていく必要があると思うのです。でないと「大きな人間」がはびこって力のままにむちゃくちゃをするのです。」

「「正義の戦争」といったものをふりまわすのではなく、戦争に反対することが基本にあって、「小さな人間」のあり方がある。それが世直しの基本だと思うんです。」