カーチャ

「カーチャ」と聞こえる。
一晩寝たら、「ママ」にもどっているかと思ったのに、どうやら「かあちゃん」で通す気構えらしい。
ところが、言い慣れないからか、なかなか言えない。
こないだまで「ママ、ママ」とうるさかったのが嘘のように、私を呼ばない。おかげで、妙に身軽だ。
それでも呼ぶ必要はあるので、「かあちゃん」と言うが、それが「カーチャ」に聞こえる。
なんだか、「カーチャ」という名前の、ロシアの女の子になったような感じがする。

それで、私を「カーチャ」と呼んでくれる男の子は、何かというと、キスしてくる。おもちゃ片づけないで叱られてる最中に「カーチャ、すき」とほっぺたにキスする。
だいたい、叱られると「ママ、あいしてる」ってしくしく泣くやつだったんだが、それはもう慣れてなんとも思わなくなっていたんだが、「カーチャ、すき」は、一瞬ぼうっとした。

もしもかあちゃんでなかったら、恋に落ちてやってもいい。
あんたほんとにすてきだわ。ピアノ上手だし。しんぶん、楽しいし。

(大きくなって、そのことを忘れそうになったときのために書いておこう。)

帰りの時間、バス停まで迎えに行く途中の田んぼで、あめんぼがいっぱい泳いでいた。今日も擦り傷。学校は楽しいらしい。それは何より。
苺とグリンピース収穫。

歩くと、いろいろ地域の人に会う。りくちゃんのママだ、と私は顔が割れてしまったが、問題は、私が人の顔と名前を、さっぱり覚えられないことだ。もうかれこれ、9年ここに住んでいるのになあ。

バスからいっせいに降りてくる子どもらの顔も、あやふやだったりする。同じ制服きてると、自分の子どもも見落としそうになるもん。
子どもにしたって、ママと駆け寄ってきたのは昔のことで、カーチャに対しては、すまして、ちょっとよそよそしくして見せたりする。

そんなことしてると、ほんとに見落としてしまうからな。